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2014年4月26日土曜日

Personal Integrityについて


昔の写真を見ていた。特にスタンフォードMBAに来てからの写真。

まだ2年も経っていないが、あの頃からはずいぶん変わることができたと思う。何より、幼すぎて、写真を見ることに、ある意味で嫌悪感を感じるほどである。

Personal Integrityがなかったのだと思う。だから生きるのも辛かったし、なんだか自分の人生を生きている納得感がなかったのだ。Integrityという言葉を本当に理解しているかといえば、ちょっと怪しいのだが、一方で当時の自分はIntegrityがなかったと表現するのが一番しっくりくるような気がしている。

私のIntegrityの理解は、自分の中で、雑多な色んなものが、統合されていて、矛盾がない、もしくは少ない状態だと思う。整理できていないが、思いつくまま書くと、以下のような状態を言うのだと思う。

  • 自分とはどんな人間か知っていて、いたずらに一喜一憂しないこと
  • 自分の強み以上に、弱みを知っていること、そしてそれを隠そうと思っていないこと
  • 弱みを知っているからこそ、それを管理して毎日を生きていること
  • だからこそ、理想と現実は違うと認識し、一方で理想に向かって着実に努力していること
  • 他人の生き方を参考にはするが、”隣の芝生”に惑わされずに自分の人生をしっかりと生きていること
  • 周りにいる人にも理想を押し付けず、一緒に成長や改善をしていこうと思うこと

逆に当時の自分は、全く逆であると言っていい。具体的には、、

  • 自分の弱みや特性を知らずにバラバラと動き、そして一喜一憂する
  • 自分の弱みにコンプレックスを持ち、それを隠す
  • 弱みをきちんと管理できる状態で把握できていないし、そのための手段も知らない
  • 理想と現実のギャップにいつも自己嫌悪を感じている
  • 他人の良いところばかりに目を向けて、羨ましがる
  • 周りに理想を押し付け、共に成長しようとしない

当時の自分を振り返ると、恥ずかしくてたまらないほどだ。

人間としての成長は、どれだけ自分の中のPersonal Integrityを高められるか、ということなのかもしれない。

2014年4月12日土曜日

できる、できないは”確率”で捉えるべきだと思う

Strategic Presentationという授業では、
主にプレゼンテーションの仕方を学んだ。

私はもともと緊張しやすいし、
典型的なアジア人で大袈裟な表現やジェスチャーも得意ではない。

そんな自分でも、基本を学んで、
ビデオに録画された自分を見て、反省点を次に活かすことで、
かなりプレゼンテーションすることに自信を持つことができた。

しかし、様々なプレゼンテーションの機会で、失敗することもある。

言うことを忘れてしまったり、
思ったようにジェスチャーを決めることができなかったり、
緊張して意図もなく動き回ってしまったり。

はぁ、自分はまだプレゼンテーションが”できるようになってない”
そんなふうに思うことが多くあった。

でも、人間ができる、できないの話をするとき、
それは確率の問題なのであって、
プレゼンテーションが上手に”できる”確率が上がっていればよい。

MBAに来る前は、10回に5回しか成功しなかったものが、
MBAの後は10回に8回上手にできるのだとすれば、
それはとても大きな進歩である。

何事も、できる、できないの0 or 1で判断していると、
一喜一憂することになってしまうと思う。

人間のすること全て、
サーフィンで良い波をつかまえることも、
ゴルフで良いショットを打つことも、
ビジネスピッチを成功させることも、
ビジネスパートナーと良い関係を築くことも、
人を笑わせることができることも、
全て100%なんてことはなくて、常にどこか不完全なのだ。

だからこそ、失敗したことに落ち込むのではなくて、
確率が上がっているかどうか、長期の目線で自分を観察することが大切である。

0 or 1で捉えることをやめて、自分の成長を確率で捉えること。

このマインドセットを持つだけで、
人生はもっともっと生きやすく、そして心地よくなると思う。

2013年2月18日月曜日

スマートでない自分、だけどそれでよい 〜春のサーフィンで人生を振り返る〜

ここスタンフォードは、もうすっかり春である。この春の陽気に誘われて、昨日もまた、サンタクルーズにサーフィンに行ってきた。昨日は、波は穏やかだったけど、確実に乗れる波はあるし、そんなに混んでいないし、そして何より春の雰囲気があちこちを漂っていて、海の上に浮かんでいるだけでも幸せを感じた。

サーフィンで波待ちをしているとき、特に他の人から離れて一人で波待ちをしているときというのは、どうしようもなく色んな思考が押し寄せてくる。だから、辛い気持ちの時に行くと、どんどん辛い気持ちが深まってくる。意外とサーフィンとはそういう面があるのだと思っている。そして、昨日は、特に辛いこともなく、海に浮かんでいたのだが、なんだか自分の人生を振り返ってしまった。そして、自分は本当に不器用だなぁと思った。なんだか、いつも何かにあがいている感じがする。いつも何かに騒いでいる気がする。

小学生の頃、自分は自分が大嫌いだった。喘息も持ってたこともあって、学校をよく休んでいたし、元気にスポーツに精を出す友達を羨ましがったり、妬んだりしていた。でも、頑張って、中学校の頃に打ち込んだテニスで、何とか元気になって、喘息もなくなっていった。副部長になって、地域のトーナメントで優勝して、本当に嬉しかったし、自分に自信を持つこともできた。でも、その一方で、自分が元気になっていく、テニスが楽しくて仕方ない、と思って、適当に部活に参加してくる後輩とかに、やたらに厳しく、冷たくあたっていた気がする。全くリーダーとしては不合格だったと思うし、なんだか自分の気持ちばかりが前に出て、全然誰もついてきていなかった、という面もあったかなぁ、と思う。

高校の頃、自分の力で受かりたい、とかいって、大学への推薦入学を断った。推薦だって、別に自分の力なのに。そして、厳しい受験の末に、結局推薦を断ったところと同じところに入学することになった。本当に不器用である。まぁ、今になって考えれば、その挑戦から得たものもあるので、よいということにはなるのだが、それにしても、スマートではない。スマートでないと言えば、体重もその頃には、部屋にこもりすぎで、受験勉強をする前より10kgくらい太っていて、ぱんぱんになっていた。

大学では中途半端にテニスサークルに入って、でも途中からサーフィンとか、他の活動がしたくなって、変なタイミングで辞めた。既に色んな委員会とか、義務の発生するポジションにいたこともあって、かなり周りの人に迷惑をかけた。恋愛も不器用だった。なんだか、相手のことを本気で好きなのか、それとも相手に好かれている自分が好きなだけなのか、なんだか分からない恋もした。やたらに高い旅行とか、ホテルとかをとって、お金をたくさん無駄にもした。

物理学科に進んだのは、アインシュタインに憧れていたからだ。宇宙に興味があった。相対性理論を学びたいと思った。でも、自分にはそれを本質的に理解するだけの知力、もしくは熱意がなかったからなのか、なんだか途中から分からなくなって、自分がいる世界ではないような気がした。

途中、本気でパイロットになりたくなったこともある。パイロットになるには視力の制限があるのだが、自分はそのぎりぎり、もしくは制限に引っかかってしまうくらいの視力で、何とか改善したかった。富山に視力を良くする有名な針治療医がいるというので、はるばる出向いて、治療を受けたりした。全く良くならなかった。そして、航空無線通信士の資格も取った。でも、航空会社の自社養成パイロットの試験に、結局落ちてしまった。JALなどは、一次面接で落ちてしまうのだから、笑ってしまう。でも、あの頃は本当に辛かった。今考えると、何であんなにパイロットになりたかったのか分からないのであるが、あの頃は、晴れた空を見上げて、夢を見ていた。時々泣いたりもした。

そう、自分はよく”落とされる”のである。大学受験も第一志望には受からなかったし、パイロットにもなれなかった。就職活動でも、何十社受けたか分からないが、よく落ちた。まぁ、格好つけて、いわゆる”かっこいい”会社ばかり、特に強い思いも持たずに受けていたのだから、当然と言えば、当然であるが。

会社に入社して、最初に配属になったITセクターでの仕事。本当に嫌だった。自分のやりたい仕事ではないと思った。現場のおじちゃんたちとも絡まなくてはいけないシーンが数多くあり、無理に夜の飲み会に誘われたりして、ほとほと疲れ果てていた。毎週末、病気のように海に向かって、サーフィンが自分の生き甲斐だと思い込ませるように、のめり込んだ。一時は実家の近くの町役場にでも転職して、一生サーフィンだけして生きていこうかとも思った。募集要項もよく読んだりしたことを覚えている。なんとも不器用というか、その場限りというか、いずれにしてもスマートではない。

落とされるといえば、MBA受験も例外ではない。自分は社費派遣でどこか一校には絶対に受からなければならないこともあり、10校に出願した。そして、その多くの学校から不合格通知、もしくはWait-listの通知をもらった。どこも受からないのではないかと、本当に辛い思いをした時期もあった。でも、あがきまくった末に、ここスタンフォードMBAから合格をもらうことができた。同級生の中には、ハーバードとスタンフォードしか受けなかったよ、とか言う人もたくさんいるなかで、なんて自分は不器用なのか。改めてスマートではない。

ここスタンフォードに来てからも、色々と格好悪いことをした。ぶっちゃけて言うが、なんか世界のトップビジネススクールに来たからといって、まるでスーパーマンになったような気分になったこともあった。どうしようもない自分はずっと変わらないままなのに。そして、自分の身近な人、大切にすべき人に、たくさん迷惑をかけた。今になってやっと、自分は何も変わっていないこと、そしてこれから変わっていかなければならないことに気付くという、これまら不器用というか、幼いとというか、まあ、基本的にバカなのである。

槇原敬之の「遠く遠く」という曲の中に「大事なのは、変わっていくこと、変わらずにいること」という歌詞が出てきて、自分は本当に好きなのであるが、まさに今の自分へのよい示唆になっていると思う。スタンフォードMBAのコミュニティーにきて、色々と刺激を受けて、ダメな自分を変えていかなければいけないが、一方で、自分の不器用で、スマートではなくて、全然ヒットの率は低いのだけれど、それでもいつも、何かに暴れているような生き方というのは、多分変えようがないし、変えなくていいものなのかもしれないと思う。

いつか、こんな自分を通じて、社会に貢献したり、周りにいる人を幸せにできるようになりたいと思う。





2013年2月14日木曜日

春の匂いとサーフィン:自分に自信を与えるライフスタイルを持つことは重要です

去年の6月にここの移り住んだ。留学のための2年間の滞在の始まりだ。いい歳をして、限りなく青い空に無限の可能性を感じたりもした。あのときに嗅いだ街の匂い、夜の涼しさ、不安と期待で入り乱れた感覚は、きっとずっと忘れないだろうと思う。

ここスタンフォードも、11月〜1月にかけては、雨も多く、とても寒い日も続いた。だが最近、春の訪れを感じるようになった。空の青さがやはり先月までとは大きく違うし、ふとした瞬間に感じる空気の匂いが、去年ここについた頃、サマースクールに行きながら過ごしていた頃の匂いになってきた。あぁ、何気なく過ごしてしまった時期もあったけど、もうこれだけ時間が経ったのだ、季節が回ったのだと感じる瞬間でもある。

先日の日曜日、久しぶりにSanta Cruzにサーフィンをしに行った。10月に中旬にやって以来なので、4ヶ月ぶりくらいであろうか。朝から晴れていて、最高の天候だった。潮がMaxまで上げていて、入る時、そして出るときはちょっとこわかった。そして、波は夏とは違い、胸・肩くらいはあったであろうか。ちょっと久しぶりの波にびびりつつも、何本か乗って、少しだけ自信を取り戻した。改めて、海にくる、サーフィンをすることの大切さに気付く。ちょっとした自信を取り戻す。

ライフスタイルは自分に自信を与えるものなのだと、気付いた。MBAを通じて、自分を磨き、知力を磨き、他を出し抜いてアイデアを出して、ビジネスで成功するのもいいが、自分にとっての本当の幸せってなんだろうとか、社会に貢献するためには自分が心から楽しんで、満足していなくてはそもそもだめなのではないかとか、そんなことを波を待ちながら考えることができた。

日本から来ている(実際は北京から来たのだが)友達と、帰り道のフリーウェイで色んな話をした。仕事の話、社会への貢献の話、そして彼の恋愛の話。温かな日差しが照りつける車内で、なんとも落ち着いた心地を覚えた。自分は本当に良い経験をしているなと。そして、機会と環境に恵まれているなと思った。今の自分の人生に感謝すべきだと思った。

やはり、サーフィンは自分にとって、とても大切な生活の一部なのかもしれない。そんなに上手いわけではないけど、でもSanta Cruzのビーチにいる人だって、大してうまくない。というより、上手い、下手という次元でサーフィンをしていないのだと思う。生活の中で、朝食を普通に食べるように、普通に散歩するように、生活の一部だから当然サーフィンをするといった感じで海に向かっている。まさに、彼らのライフスタイルなのだ。今後の社会は、こうしたライフスタイルを確立して、心から満たされている人が本当に幸せになるのだろうと感じた。